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2013/08/15

オーストリアの旅(ウィーン・リンツ) Part 4-ウィーンのリング通り沿いにある国会議事堂、ウィーン市庁舎、ウィーン大学、ヴォティーフ教会周辺を散策!

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地下鉄U4線で、シェーンブルン駅からカール広場駅へ



シェーンブルン宮殿(Schloss Schönbrunn)の観光を終えた僕は、再び中心部に向かおうと、シェーンブルン駅(Schönbrunn)から地下鉄U4線に乗り、カール広場駅(Karlsplatz)で下車。


地下鉄U4線で、シェーンブルン駅からリング通り方面へ向かいます。


カール広場駅から歩いて直ぐのところにあるウィーン国立歌劇場(Wiener Staatsoper)近くの停留所からウィーン市電2系統に乗り、リング通り(Ringstraße)周辺の名所を巡ることとしました。


地下鉄U4線カール広場駅で下車し、オペラまで歩きました。


オペラ停留所からウィーン市電2系統に乗り込みました。
B1形の車内には停留所を知らせたり、広告が流れる液晶モニターが付いていました。


国会議事堂



シュタディオン通り・国会議事堂停留所(Stadiongasse/Parlament)で下車すると、まるでギリシャのパルテノン神殿のようなオーストリア国会議事堂(Österreiches Parlament)が目の前に現れました!


そう感じたのも間違いではないようで、オーストリア議会公式ウェブサイト「建物とガイド」(ドイツ語)を見てみると、デンマーク生まれの建築家テオフィル・ハンセン(Theophil Hansen)が、民主主義の概念が生まれたギリシャのヘレニズム建築を参考にデザインを練り、10年の歳月を掛けて1883年に完成したのだそうです。


尚、テオフィル・ハンセンは、ウィーン楽友協会(Gesellschaft der Musikfreunde in Wien)のコンサートホールの建築も手掛けたそうです。




オーストリア国会議事堂(Österreiches Parlament)の位置


シュタディオン通り・国会議事堂停留所で降りると、目の前には国会議事堂が見えます!


まるでギリシャのパルテノン神殿のような、オーストリア国会議事堂。
国会議事堂の真ん前でもウィーン市民が座ったり歩いたりしている光景が印象的でした。

国会議事堂周辺を散策していると、3人の胸像があるのを見つけました。
訪問した時は誰が誰だかわからなかったので、後に再びオーストリア議会公式ウェブサイト「この人はどんな人」(ドイツ語)で調べてみました。


左が、オーストリア社会民主党(Sozialdemokratische Partei)初代書記長やウィーン市長を務めたというヤコブ・ロイマン(Jakob Reumann)。
真ん中が、作家と医師の顔を持ちながら、オーストリア社会民主党の党首も長らく務めたというヴィクトル・アドラー(Victor Adler)。
そして右が、オーストリア繊維労働組合書記長を務め、後にオーストリア社会民主党所属国会議員としても活躍したというフェルディナンド・ハヌシュ(Ferdinand Hanusch)です。


オーストリア国会議事堂周辺にあった3人の胸像。
左から順に、ヤコブ・ロイマン、ヴィクトル・アドラー、フェルディナンド・ハヌシュ。
上には「共和国成立を称えて 1918年11月12日」とあります。


ウィーン市庁舎



次に市庁舎前広場・ブルク劇場停留所(Rathausplatz/Burgtheater)まで徒歩で行き、近くにあるウィーン市庁舎(Wiener Rathaus)に着きました。


ウィーン市庁舎は建築家フリードリヒ・シュミット(Friedrich Schmidt)のデザインにより、ルネサンス装飾が施された新ゴシック様式で建設され、国会議事堂と同じく1883年に完成した建築物だそうで、国会議事堂とは一味違った豪華さが感じられました。


また、ウィーン市庁舎の傍にある市庁舎前広場(Rathausplatz)では年間約950ものイベントが行われるそうですが、僕が行った昼間時にはフードコートが営業しており、手頃な値段で昼食を取ることができました!


※参考リンク
ウィーン市庁舎|ウィーン市(ドイツ語)




ウィーン市庁舎(Wiener Rathaus)の位置


市庁舎広場・ブルク劇場停留所で降りると、目の前にはウィーン市庁舎が見えます!


ウィーン市庁舎の真向いにはブルク劇場(Burgtheater)


ウィーン市庁舎。
市庁舎前広場ではフードコートが営業していました。


ウィーン市庁舎前広場のフードコートではミストシャワーが設置されています。
夏の強い日差しを避けながら涼しい気分で食事をすることができました。


ウィーン大学



昼食を済ませた後は、ウィーン市庁舎の北隣にあるウィーン大学(Universität Wien)へ。


ウィーン大学は1365年にオーストリア君主ルドルフ4世(Rudolf IV.)が建設した大学で、今も運営されている中欧の大学の中では、チェコ・プラハにあるカレル大学(Univerzita Karlova)に次いで2番目に古いものだそうです。


オーストリアがナチス政権下に置かれた際にはナチス思想教育機関としての一面があったそうで、ナチス犠牲者への追悼を込めた「戦争・暴力反対(Gegen Krieg und Gewalt)」の文言が、大学校舎の壁に書かれていたのが印象的でした。


大学キャンパス内には野外で寛げるスペースがありましたが、訪問時は快晴のお天気だったので、置かれていた椅子に座りながら、気持ちよく一休みできました。
通っている大学生が羨ましい!(苦笑)


※参考リンク
650年、そしてその先へ‐ウィーン大学の歴史|ウィーン大学(ドイツ語)



ウィーン大学(Universität Wien)の位置


歴史のあるウィーン大学の校舎


「戦争・暴力反対ナチス犠牲者への追悼を込めて(Gegen Krieg und Gewalt-Im Gedenken an die Opfer des Nationalsozialismus)」


ウィーン大学のキャンパス内にある、ゆったりくつろげる屋外スペース。
椅子が設置されていて、自由に座ることができます。


ヴォティーフ教会



ウィーン大学で昼食後の小休憩をした後は、更に北隣にあるヴォティーフ教会(Votivkirche)へ向かいました。


ヴォティーフ教会は1853年に当時の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世(Franz Joseph I.)に対する暗殺が未遂に終わったことで、弟であるフェルディナンド・マクシミリアン公(Erzherzog Ferdinand Maximilian)が、「暗殺から逃れて救われた感謝を込めて、新しい教会を作りたい」とウィーン市民に呼び掛け、約30万人のウィーン市民からの寄付金を基に、1856年~1879年に掛けて建設された新ゴシック様式の教会で、ヴォティーフ教会の「ヴォティーフ」は、ドイツ語で奉納品を意味する「Votivgabe」から来ているそうです。


ヴォティーフ教会の近くには、19世紀末から20世紀前半に掛けて活躍したオーストリア生まれの精神医学者ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)から名づけられたジークムント・フロイト公園(Sigmund Freud Park)がありました。
青々とした芝生が茂っている公園は、休憩するには最高の場所でした!


※参考リンク
建築>歴史|ヴォティーフ教会(ドイツ語)
ジークムント・フロイト公園公園|ウィーン市(ドイツ語)




ヴォティーフ教会(Votivkirche)の位置


ヴォティーフ教会


ヴォティーフ教会の前にあるジークムント・フロイト公園で寛ぐウィーン市民


Part 5へ続く。


ウィーンへの旅行には、こちらの書籍もご参考に!