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2015/03/10

東日本大震災から4年 陸前高田市~大船渡市

『東日本大震災から4年 福島市~仙台市』はこちら
『東日本大震災から4年 仙台市~気仙沼市』はこちら
『東日本大震災から4年 気仙沼市~陸前高田市』はこちら


陸前高田市から再び大船渡線BRTに乗り、大船渡市を目指します。
陸前高田から先は、線路跡を利用したバス専用道の整備状況が比較的良かったですが、それでもBRTというには程遠い、という気がしました。


大船渡線BRTの電子運行情報掲示板


このバスで大船渡市を目指します。


大船渡屋台村。様々な飲食店が軒を連ねます。



「ささき」でちらし寿司を頂きました。非常に美味しかったです!


大船渡でも嵩上げ工事が進行中。


大船渡線BRTの終点、盛駅。


盛駅には、三陸鉄道南リアス線も乗り入れています。



盛駅から北方向を見る。


貨物専門の岩手開発鉄道


大船渡市内を流れる盛川


大船渡市内を散策した後は、大船渡線BRT~大船渡線~東北本線を乗り継いで、仙台駅へ向かいます。


盛駅から大船渡線BRTで気仙沼駅へ。


観光型バス「三陸の『海』号」は、観光情報を流す液晶モニター付き。


細浦駅付近から太平洋を望む。


陸前高田市立気仙中学校旧校舎。3階まで津波が襲ってきたことがわかります。


JR東日本気仙沼駅


大船渡線気仙沼~一ノ関は、変わらず気動車が運行されています。


一ノ関駅から東北本線で仙台駅へ。





東日本大震災から4年 気仙沼市~陸前高田市

『東日本大震災から4年 福島市~仙台市』はこちら
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気仙沼で泊まった宿はアコモイン気仙沼
一般的なビジネスホテルを想像していたのですが、実際に行ってみると、簡易宿泊施設、といった感じです。
宿泊客の大半が、復興事業に関わっている作業員と思しき人だったことも、一層普通のホテルとは違う印象を受けました。


気仙沼で宿泊した宿


気仙沼駅から鉄道で岩手県の陸前高田へ、といきたいところですが、ここも鉄道路線としての運行は再開の見込みがなく、大船渡線BRTで陸前高田へ向かいます。


昨日利用した気仙沼線BRTの電子運行情報表示板。バス専用道が少なきゃ、そりゃ遅れますわね(苦笑)


気仙沼駅から、このバスで陸前高田市へ向かいます。


バスから、嵩上げ工事を行っている様子を見ることができました。
僕は2009年の夏に気仙沼を訪れていて、気仙沼の象徴とも言えた当時の魚市場の建物がすっかり無くなってしまっていることに、寂しさを感じずにはいられませんでした。


魚市場のあったところでは、嵩上げ工事が行われていました。


東日本大震災前の気仙沼港。左側に見えるのが魚市場。(2009年8月14日撮影)


気仙沼~陸前高田の区間は全て国道45号線でしたが(苦笑)、幹線道路であることから、ほぼ定刻通りに着くことができました。
陸前高田は、2006年の夏、当時大学生だった僕が夏季休暇を利用して合宿で運転免許証を取ったところでして、その時以来の訪問だったわけですが、陸前高田市の市街地だったところに入った時に目に飛び込んできたのが、新たな堤防の基礎を近隣の山々から運び出すための巨大なベルトコンベアーと、土地の嵩上げのための盛り土。
そこには、僕が9年前に見てきた風景は全くありませんでした。
長年住民が築き上げてきた街並みを一瞬にして奪い去った大地震・津波の惨さを思い知ると同時に、巨大な人工物が網のように張り巡らされている光景に、強烈な違和感を禁じ得ませんでした。


バスの車窓から見た、ベルトコンベアー


ベルトコンベアーを間近で見る。



「道の駅」だった建物は、震災遺構として保存されているそう。


陸前高田市の東日本大震災追悼施設


高田高校書道部作


復興まちづくり情報館


『日本三大松原』の一つだった高田松原の被災松


奇跡の一本松



陸前高田市の市街地だったところは、土地の嵩上げ工事が進行中。


陸前高田市役所仮庁舎





2015/03/09

東日本大震災から4年 仙台市~気仙沼市

『東日本大震災から4年 福島市~仙台市』はこちら


仙台駅から、今日泊まる宿のある気仙沼市を目指します。

まずは小牛田駅まで、東北本線の列車に乗車



小牛田駅


小牛田駅より気仙沼線柳津駅へ向かいます。


柳津駅から先の鉄路の再開はいつになるのでしょうか。。


柳津駅から気仙沼駅までは、東日本大震災以来運行再開の見通しが立っていなく、BRT(バス・ラピッド・トランジット、Bus Rapid Transit)での運行(気仙沼線BRT)となっています。
国土交通省のホームページには、BRTの特徴として、次のことが書かれています。
連節バス、PTPS(公共車両優先システム)、バス専用道、バスレーン等を組み合わせることで、速達性・定時性の確保や輸送能力の増大が可能となる高次の機能を備えたバスシステムである。
僕は昨年7月にインドネシアの首都ジャカルタを旅行した際に利用したTransjakartaのようなレベルを気仙沼線BRTにも期待していたのですが。。
実際に乗車してみての気仙沼線BRTの実情は、バス専用道は短く、「国道45号線を走る路線バス」と言った方が正しいくらいで、BRTとは程遠いものである、ということです。
BRTとして運行を再開してから3年も経っているにもかかわらず、バス専用道の整備が進んでいなく、バス専用道から国道45号線に出入りする時の信号待ちにもイライラしました。
それでも、福島駅で見た広告の入れ込み具合、現時点での距離は短くともバス専用道を整備していること、BRT用のアプリまで開発されていることから、恐らくJR東日本としては、建前は「仮復旧」でも、本音としては、東日本大震災発生前でも乗客数の少なかった路線の鉄道としての再開よりは、BRTのままにしておきたい、というのが本音だろう、と僕は見ています。
ただ、気仙沼線BRTに実際に乗車してみて、これでは速達性・定時性から考えれば鉄道との差がありすぎる、と感じます。
時間や費用が掛かるとしても、長期的な賑わいの取戻しと利便性を鑑みれば、鉄道としての再開が望ましい、と思うのは僕だけでしょうか?


柳津駅から気仙沼へは、バスで向かいます。


バスの車内。一般的なバスと変わりありません。


本吉駅で、反対方向のバスと行き違い。


柳津駅から約2時間、やっとのことで気仙沼駅に着きました。。



『東日本大震災から4年 気仙沼市~陸前高田市』へ続く。

東日本大震災から4年 福島市~仙台市

東日本大震災からもうすぐ4年が経とうとしています。
両親が仙台市で経験しているということで、3月11日を被災地で迎えたい、という思いはあれど、これまでは中々行くことができていませんでしたが、今年は、4月以降にベルリンでの語学留学を予定しているということもあって、渡独の前に被災地の様子をこの目で見たい、という思いから、JR東日本が販売している北海道&東日本パスを使い、福島県・宮城県・岩手県を巡ることとしました。


東京都から東北本線の列車を乗り継いで北上し、福島駅で下車。

福島駅


福島駅のJR運賃表 常磐線の一部はまだ運転見合わせのまま。。


このホームから、飯坂温泉を目指します。



元東急の7000系


和風の造りになっている飯坂温泉駅

飯坂温泉街を流れる摺上川(すりかみがわ)





飯坂温泉には、旅館の他に、写真のような銭湯形式もあります。




飯坂温泉から福島駅に戻ります。


福島駅に戻り、仙台方面への列車の待ち時間を利用して、福島駅周辺を散策している時に見つけたのが、下記のお知らせ。
東日本大震災からの復興への長く険しい道のりを改めて思い知らさせます。

福島駅近辺で見つけた、道路除染のお知らせ


福島駅に貼られていた、追悼・復興祈念行事のポスター


「何が『Dream』だ」と言いたくなる広告


福島から再び東北本線の列車で仙台へ向かいます。


仙台駅に到着!


宮城県内の一人暮らしの人の強い味方『半田屋』で夕食。


『東日本大震災から4年 仙台市~気仙沼市』へ続く。






2015/03/03

ドイツのワーキングホリデービザ取得!

ドイツのワーキングホリデービザを取得しに、一昨日東京のドイツ連邦共和国大使館に行きました。


ワーキングホリデー取得に関し、必要書類として、ドイツ連邦共和国大使館ホームページには、次のように書かれていました↓

必要書類
1
記入済みのWHVビザ申請書(Web版の申請書, 大阪の場合は長期ビザ用の申請書と合わせて各1部持ってきて下さい)
2
パスポート用写真(35x45mm 正面撮影、その他の規定については詳細を参照)1枚
3
日本国パスポート(ビザの有効期限が切れた後、なお3ヵ月以上有効期限の残っているパスポートが必要です。)
4
往復航空券予約の証明書
5
ドイツでの全滞在期間有効な旅行者用医療保険
(歯科の治療にも適用され、女性の場合は妊娠時にも適用される保険に加入していることを証明するものを提示してください。)
および旅行賠償責任保険
6
生活費支払い能力の証明(預金通帳および通帳のコピー、または金融機関発行の残高証明書)
1年間滞在する場合には最低2,000ユーロの資金があることを証明しなくてはなりません。片道航空券しかない場合は、この2倍の金額を証明する必要があります。


必要書類を持って、いざドイツ連邦共和国大使館の中へ!
受付番号を受け取って暫く待っていると、僕の番号が呼ばれ、いよいよ窓口へ。
少し緊張しながら必要書類を窓口へ提出。


大使館職員「この残高証明書ではダメですね。」
僕      「えっ?でも2000ユーロありますけど?」
大使館職員「発行日が古すぎますね。」


残高証明書の発行日は、申請日から3週間ほどしか経っていないのですが、僕の運が悪かったとしか言いようが。。
結局、昨朝に残高証明書元の預金通帳を記帳し、そのコピーをFAXで大使館で送りました。
そして、今日、めでたくワーキングホリデービザの付いたパスポートを郵送で受け取ることができました!!
やれやれ(苦笑)


以上のことから、「生活費支払能力の証明」は、申請日記帳の預金通帳かそのコピーと、残高証明書の両方を準備することをおススメします!
※勿論ではありますが、預金通帳を持ち歩く時は失くさない或いは盗まれないように注意しましょう!