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2017/01/01

タケオ的2016年振り返り&これからは「オンリーワン」の存在に!

こんばんは、タケオです。
いよいよ2017年の幕が上がりました。
今回は2016年の振り返りと、2017年、いやこれからの目標を書きたいと思います。


高麗大学校語学堂通学・6級修了(1月~8月)



2015年12月より4級のレベルからスタートして通い続けた韓国・高麗大学校語学堂。


当初下宿に住まわせてもらったのを、途中で考試院に切り替えなければいけなかったこと等大変なこともありましたが、試験やインタビュー・プレゼンテーション・ドキュメンタリー動画作成等の困難な課題をこなしながら、2016年8月下旬に無事最高級の6級を修了し、卒業することができました。


2016年度夏学期高麗大学校語学堂卒業生が卒業証書を受け取りました。
僕もその一人としてしっかりと受け取った時は達成感でいっぱいでした!(2016年8月23日撮影)


韓国語能力試験6級に合格(3月下旬)



高麗大学校語学堂に留学中の2016年3月には、ソウルの建国大学校にてTOPIK(韓国語能力試験) IIを受験し、悲願だったTOPIK6級に合格することができました。
これは(確か2010年か2011年に)最初に受検してからの目標でもあったので、とても嬉しかったです。


僕がTOPIK(韓国語能力試験) IIを受検した建国大学校青雲館(2016年3月20日撮影)


中国・延辺朝鮮族自治州旅行(3月中旬)


高麗大学校語学堂2015年度冬学期後の休講期間は、中国の吉林省に属し、朝鮮族の人口が多い延辺朝鮮族自治州に旅行し、延吉を拠点にして、琿春・図們を巡りました。


琿春では中国・ロシア・北朝鮮の国境地帯を見下ろし、図們では川を挟んで対岸の北朝鮮・南陽の様子を眺め、延吉では北朝鮮レストランに潜入する等、殆どテレビでしか見ることのない北朝鮮の様子を直に知ることができました。


中国・琿春にある防川から見下ろした、中国・ロシア・北朝鮮の国境地帯。
奥の方には日本海も見えました!(2016年3月11日撮影)

中国・図們の日光山から眺めた北朝鮮・南陽(2016年3月12日撮影)


中国・延吉にある北朝鮮レストラン『柳京館』の内部(2016年3月12日撮影)


トルコ旅行(5月下旬)



高麗大学校語学堂2016年度春学期後の休講期間は、初めてトルコに旅行しました。
1月に観光地でテロ事件が発生し、ドイツ人観光客が亡くなったことがありましたが、2015年に約半年間滞在していたベルリンでトルコを中心とした多くの中東からの移民を間近に見てきたことで、それでもイスラームを信仰している人々が住む国を見ておかなければならないとの思いで旅行しました。


トルコはイスタンブールを中心に巡り、バスでエディルネという町にも足を運びました。
礼拝時間の度に聞こえるモスクからの祈りの文言、初めて入ったモスクの荘厳さ等、とても新鮮な気持ちで巡ることが出来ました。


トルコ・イスタンブールにある、『ブルーモスク』としても知られるスルタンアフメトモスク(2016年5月26日撮影)


再就職活動するも・・・(9月~)



高麗大学校語学堂卒業後は日本に戻り、再就職活動を始めました。
もしかしたら韓国での就職も出来たかもしれませんが、日本語の話せる韓国人が多いためか、韓国語が上手だというだけでははあまり有利なものにはならなさそうなこと、フリーランスで食っていこうにしてもまだまだそこまでの力量がないと思ったからです。


当初は留学の経験を活かしたい、英語に触れられる環境で働きたいとの思いで、前職とは違う業界を中心に見て回っていましたが、ビジネスレベルの英語が必須条件だったり、仕事内容に対する適正に合わないと判断される等満たないようで中々良い結果に結びつかず、2017年を越すことになりました。
未経験者とはいえ、自分の意思でやり遂げた留学の経験が今のところ認められないというのは、非常に悔しい思いでいっぱいです。


世界新聞(株)のライターに!(10月~)



再就職活動の一方、これまでの旅行経験を更に幅広い人に伝えたいとの思いで、世界新聞(株)のライターを務め始め、これまで5つの記事を上梓しました。


僕が書き上げた記事と、実際に掲載された記事を比べると、担当編集者により構成が若干変わっていたりするところは、少しガッカリする気持ちもありますが、どのような記事が読者を引き付けるのか、客観的なアドバイスをもらえるのはとてもありがたいことで、非常に参考になっています。


これからはオンリーワンの存在に



2017年、いや2017年だけでなく、これからの目標にしたいことを定めました。
それは、自分を見失わないこと、そしてオンリーワンの存在になること、です。


退職後の語学留学先を決める時に、英語圏でなくドイツ・韓国に渡った経緯として、既にTOEICを845点取得していたということと、「英語は出来て当たり前」という時代になりつつある中で、複数の言語を知っている方が「見識を広げることにもなるし、これから世界に出ていくにもきっと役に立つ、という信念の下決めたということがあったので、自分の考えを基に何をしたいかというのはある程度持っていました。


それが2つのことを通じて更に揺るぎないものとなりました。


一つ目は語学留学です。


授業、そして自発的に参加した言語交流会(Language Exchange、ランゲージエクスチェンジ)では、単なる語学の勉強だけでなく、先生や他の海外の参加者から受ける質問を通して自分が普段どのような考えを持って生きているかを問われるものでした。
そして、日本では中々知りえない海外の人たちの文化や価値観を知ることのできる良い機会でもありました。


これらを通して、多様な意見を受け入れる一方で、自分の考えをはっきりと持って主張することの大切さに気づかされました。


二つ目はSMAP解散騒動です。


今回の解散騒動については、「騒動や英国BBC記事を通して考える、日韓アイドルの現実」でも言及していましたが、関西テレビ・フジテレビ系『SMAP×SMAP』最終回を視聴する機会があり、思春期という多感な時期によくこの番組を見ていた僕としては、歌のみならずコントもかなりの懐かしさと同時に、東日本大震災義援金を呼び掛ける等日本国民に多大な影響力を与えてきたグループが解散するという寂しさを感じずにはいられませんでした。


僕は、SMAPとジャニーズ事務所所属の他のグループとの共演が少ないのは、SMAPが別次元にいるからだという勝手な解釈を持っていたのですが、(これが事実だとするならの話ですが)本当はジャニーズ事務所内で派閥が存在しているからであり、それが今回の解散にも影響したとするなら、いくら個々で優れた能力を持っていても、巨大な組織に所属している限りは、その組織の動向に左右されてしまう、ということが改めて示されたのだと思います。


但し彼ら一人一人にとって救いがあるとすれば、彼らの能力が優れているため、グループを離れて個人活動のみになっても十分にやっていける可能性が大いにある、という点です。


シンガーソングライターの槇原敬之氏がSMAPに提供した(SMAP提供を認めたのが勿論ジャニーズ事務所だというのは、今から考えると皮肉な話ですが)楽曲『世界に一つだけの花』の最後の部分にはこんな歌詞があります。


小さい花や大きな花
一つとして同じものはないから
NO. 1にならなくてもいい
もともと特別なOnly One


『SMAP×SMAP』最終回等で何度も聴いている内に、この曲が流れていた高校生の頃の苦悩や葛藤等と同時に、この曲が僕に勇気をくれていたことを思い出ました。


再びこうして岐路に立っている今、組織に属することになったとしても自分を見失わず、最終的に『オンリーワン』の存在になれればと思っています


2017年もこんな僕を宜しくお願いします!

2016/09/07

StudyTravel Star Award受賞記念 タケオ的F+U Academy of Languages Berlinの良かった点・これはどうかなという点!

こんばんは、昨年2015年4月~9月にかけてドイツ・ベルリンに滞在していたタケオです。
僕がベルリンに滞在していた6ヶ月の間に通っていた学校が国際的賞を受賞したらしいのですが、これを機に、その学校について良かった点とこれはどうかなという点を書きたいと思います。


尚、これはあくまで個人的見解であることをご了承下さい。


◎F+U Academy of Languagesについて


僕がベルリンで通っていたのは、F+U Academy of Languagesという学校で、そのベルリン校であるF+U Academy of Languages Berlinになります。
バーデン=ヴュルテンベルク州(Land Baden-Württemberg)ハイデルベルク(Heidelberg)に本拠を置くF+Uグループが運営しているのですが、他にもハイデルベルクとヘッセン州(Land Hessen)ダルムシュタット(Darmstadt)に校舎を持っていて、ドイツ語圏外人のためのドイツ語教育の他、英語教育や職業専門学校等様々な教育事業を行っているようです。


※参考リンク
F+U Academy of Languages Berlin公式ウェブサイト(英語)
F+U Unternehmensgruppe公式ウェブサイト(ドイツ語)


◎F+U Academy of LanguagesがStudyTravel Star Awardを受賞


この度、F+U Academy of LanguagesがStudyTravel Star Awardをドイツ語学校部門で受賞したとのことです。
同じくアジア地域エージェント部門でST Star Awardを受賞した留学ジャーナル株式会社のウェブサイトによると、

StudyTravel Star Awardsは、世界約110ヵ国以上の留学関係者に読まれているイギリスHothouse Media社発行の留学業界誌『Study Travel Magazine』主催のアワード。毎年世界で最も優れた留学エージェント、語学学校などが関係者の投票によって選ばれます。

だそうです。
この他、元気日本語文化学校福岡校が(欧州系言語外)世界語学学校部門を受賞したようです。


※参考リンク
ST Star Awards 2016 Winners|StudyTravel(英語)
アジア最優秀留学エージェントに選ばれました|留学ジャーナル



◎F+U Academy of Languages Berlinの良かった点


僕は元々ドイツでドイツ語を学ぶならベルリンで学びたいと思っていて、某エージェントを通してベルリンにある語学学校の中からF+U Academy of Languages Berlinに決めたのですが、実際に通ってみて良かった点を挙げると、以下の通りです。


①読解・聞き取り・書き取り・スピーキングのバランスが良い

後に書くとおり、先生によって指導方法は異なりますが、ドイツの大学で行われる授業で通用するドイツ語を身に付けさせることを目標としている学校だけあって、読解・聞き取り・書き取り・スピーキングをバランス良く教えようとしていることは共通しています
書き取りの宿題が週1位で出たり、発表の機会も用意されたりするので、総合的なドイツ語能力向上には良い学校だと思います。


②日本人が多くない

僕は他の学校に通ったことがないのですが、他の日本人から、同じF+U Academy of Languagesでもハイデルベルク校は日本人が非常に多い、という話を聞いたので、常にクラスに1人ないし2人しか日本人がいなかったという点は、ドイツ語を学ぶには良い環境だと思います。


校舎が地下鉄Stadtmitte駅から直ぐのところにある

校舎は最寄り駅である地下鉄U2線・U6線の乗り入れるStadtmitte(シュタットミッテ)
駅から徒歩5分もかからず、アクセスが非常に良いです!


F+U Academy of Languages BerlinはStadtmitte駅から徒歩5分もかかりません!


校舎がベルリンの中心部にある

校舎の最寄り駅がStadtmitte駅ということで、ショッピング街であるUnter den Linden(ウンター・デン・リンデン)やポツダム広場(Potsdamer Platz)が徒歩15分圏内にあります。
東西ベルリン分断時代の検問所であったチェックポイント・チャーリー(Checkpoint Charlie)から直ぐのところにある校舎周辺はレストラン・カフェ・ファストフード店も充実していて、授業終了後の昼食に困ることはありません!


F+U Academy of Languages Berlinの直ぐ近くにあるチェックポイント・チャーリー


F+U Academy of Languages Berlinからポツダム広場へは徒歩15分程かかります。


ベルリン市住民登録手続きを代行で行ってもらえる

ベルリン市に3ヶ月以上滞在する場合は住民登録をしなければなりません。
法律では初めて着いた日から2週間以内に住民登録する必要があり、住民登録の窓口予約をベルリン市公式ウェブサイト(ドイツ語)から行わなければならいのですが、予約状況は常に満杯で、自力で2週間以内に行うのは困難なのが現実(しかもドイツ語で!)。
しかし、F+U Academy of Languages Berlinの事務所で住民登録の旨を伝えれば、代行でやってくれるので、非常に助かります!


⑥ポツダム広場近くに学校所有のアパートに住める

これが僕の中で一番決め手となったと言えるのですが、地下鉄U1線・U2線の乗り入れるGleisdreieck駅近くに学校所有のアパートに住めるのです。


元々下級クラスのホテルを買い取ったような間取りではありますが、2人部屋だけでなく、1人部屋としても用意してもらえ、WI-FIが使えるだの、部屋の中にトイレ・シャワーがあるだの、地下1階に共同利用のキッチンがあるだの、不自由はしないです。
しかもU2線で乗り換えなしでStadtmitte駅に行けるので、通学にも便利です。
僕はそれどころか25分程かけて徒歩通学していましたが(苦笑)。


アパートの周辺環境としては、徒歩5分程でポツダム広場に着けるのですが、ここにはPotsdamer Platz Arkadenという中規模のショッピングモールがあり、中にはスーパーのREWE、薬品・化粧品の揃うdm、SUBWAYやマクドナルド等各種ファストフード店が入っているという便利さです!


但し、アパートに入るには確か1ヶ月以上の通学が条件だったと記憶しています。


※参考リンク
Potsdamer Platz Arkaden(英語)


F+U Academy of Languages Berlin所有のアパートの位置


F+U Academy of Languages Berlin所有のアパート


F+U Academy of Languages Berlin所有のアパートは地下鉄Gleisdreieck駅近くにあります。


◎F+U Academy of Languages Berlinのこれはどうかなという点


F+U Academy of Languages Berlinに実際に通ってみて、これはどうかなという点を挙げてみました。


①校舎内WI-FIの接続状況が悪い

校舎内でWI-FIが使える、というのがF+U Academy of Languages Berlinのウリの一つだったのですが、実際には学生殆どが使うためか、接続状況は常に悪かったです。


②先生による質や指導方法の差が大きい

これはF+U Academy of Languages Berlinだけでなく、どの語学学校に通っても同様の問題が発生するかと思われます。
僕の場合はこんなことがありました。
僕がわからなかった単語を自前の電子辞書で調べようとしたところ、その時の30代中盤位の女性の先生が「電子辞書は使っちゃダメ」と言ってきました。
僕は「(ウェブ上の辞書ならまだしも)何で電子辞書はダメなのか?ちゃんとした会社が作っているのに」と食い下がりましたが、「辞書は紙のものでないとダメ」と聞いてくれず、泣く泣くバッグの中にしまうしかありませんでした。


僕は、家から学校までわざわざ重い辞書を持つよりかは、軽くて場所を取らず、用例を見ようと思えば見ることができ、単語帳登録やヒストリーチェック等の機能が付いていて、自分が良く間違えたり思い出しづらい単語を直ぐに確認できる電子辞書の方が便利だ、と思っています。
高校時代の国語の当時50代男性の先生が、同じく「辞書は紙のものでないとダメ」派だったのを思い出しましたが、まさかドイツにも「(個人的に見て)古い考えを持つ人」がいることに驚き、ショックを受けたのを覚えています。


しかし、僕の場合はまだマシです。
他の日本人から聞いた話としては、同じクラスにいた20代後半の韓国人女性が、プライドが高すぎて先生と全く合わず、彼女の最後の日も記念撮影をしなかった、ということがありました。
その韓国人女性は、以前シンガポールでApple社(のシンガポール支社?)に勤務していたとのことで、どうりでプライドが高いわけだと思っていましたが、個人的には非常に残念に思いました。
但し、どんな学校でもそうだと思いますが、先生と合う合わないというのは運任せ、というのが実情なので、本当に祈るしかないですね(汗)。


◎終わりに


如何でしたでしょうか。
F+U Academy of Languages Berlinの良い点・これはどうかなという点を挙げましたが、良い点の方が多かったので、総合的には通って良かったと思っています。
今回F+U Academy of LanguagesのStudyTravel Star Awardのドイツ語学校部門受賞に関して、受賞理由について詳細なことは知る由がありませんが、個人的には語学能力向上というのは、学校での授業への取り組みのみならず、自力でどれだけ努力できるかにもかかっていると思っているので、このように授業・住居環境が非常に良いということは、勉強するに当たってプラスに働くと考えます。
これからF+U Academy of Languages Berlinに通われる方は、この記事を参考にして頂けたら嬉しいです!

2016/03/01

高麗大学校語学堂春学期を前にしての、将来に対する考えについて

こんばんは、タケオです。
高麗大学校語学堂に春学期も通うこととしましたが、その後どういう方向に行きたいか、現時点での考えをまとめたいと思います。


◎語学勉学経験を活かしての翻訳・通訳・語学教師?


会社員を辞めてから、ベルリンやソウルで長期間生活をしながら語学勉強を行っていますが、特定の言語を通じて様々な国からの学生と交流できたり、その国について今まで知らなかったことを知ることができたりすることが非常に楽しいです。
ベルリンでは、語学面では厳しい面はありましたが、それでも順調にステップアップでき、ソウルではドイツ語以上の語学能力向上の手応えを感じています。


これらの経験を活かしつつ、なるべく柔軟な働き方を模索するなら、日韓、日英、日独の翻訳・通訳者が良いのかもしれないと思っています。
会社・団体に属するとするなら、仕事をしながら様々な国の人たちと触れ合える語学学校運営会社、仕事をしながら様々な国の雰囲気を体験できる旅行会社等も良いと思っています。


◎1つの職業あるいは学業だけには縛られたくない


但し、1つの職業・学業だけには固執したくない、というのが本音ではあります。
何故なら、何か1つのことに固執してしまうと、他のことに関心を向ける余裕がなくなり、客観的視点が失われてしまう可能性が高いからです。


僕が韓国語・英語・ドイツ語を勉強してきた中で、現実的な言語能力や興味の度合を考えると、日韓を中心にして活躍したいというのもありますが、でもグローバル化が避けられない現代においては、いくら日韓間の問題であっても、日韓だけの視点だけでは解決できないような問題が多いと思います。
そういった複雑な問題を解決するに当たっては、多様な視点から物事を見ることが必要だと思っていて、多様な視点を養うには、世界中の国々の事情を見て回るのが最良の方法であると思うのです。


◎僕にとってのやりがい、そして理想の生き方とは?


今の僕にとってやりがいを感じるのは、普段の生活では知り得ない海外の様々な事情を、自分の目・耳・肌で感じ、それを文章や写真を通して皆さんと共有することです(ブログ名を「タケオトラベラー」としたのもこうした理由からです。)。
韓国での旧正月連休も、マニラに行ってしまったので(苦笑)、常に世界がどういう方向に動いているか、世界の人々はいかにして暮らしているのかを見てみたい、そしてこれらを皆さんに知って頂きたいという欲求が強いと改めて思っています。


そう考えると、僕の理想の生き方としては、海外各地を飛び回る中で、この国ではこういった素晴らしいことがある、この国ではこういった解決されるべき問題がある、ということを皆さんに知って頂きながら、翻訳・通訳の仕事を行うこと、なのかもしれないと今は思っています。


◎最後に


前職を辞めて間もなく1年が過ぎようとしている中で、流石にこれ以上のんびりとはしていられないとは思いつつも、短い期間の内に躓いてしまうようなことはしたくないので、この1、2ヶ月間は韓国語の勉強をやりつつ、将来についてもじっくり(できるかはわかりませんが。。)考えたいと思っています。

2015/12/31

タケオ的2015年振り返り

2015年も残りわずかとなりました。
そこで、独断的にではありますが、タケオ的2015年を振り返ってみようと思います。


その1:大学卒業後6年間勤めた会社を退職


就職した当初は、自分の性格が一般的な日本の会社の姿勢や雰囲気と合わないと考えていて、「本当に長くやって行けるのだろうか」という不安がありました。
そんな不安があったにしては、6年間という時間は長くやれた、と言えるのかもしれません。
でもやっぱり、学ぶことは多かったにしても、正直辛いことの方が多かったですね。


その2:ドイツ・ベルリンに半年間滞在


現地でドイツ語を学ぶと共に、ヨーロッパの社会の雰囲気を肌で感じ取れた、貴重な時間でした。
ドイツ語を学ぶだけなら、日本で独学したり、民間学校に通うのでも良いかもしれませんが、日本にいるのでは得られない、現地の人々・世界中からの生徒の考えに耳を傾けること、日本とは違う面の多い文化の国で長期間生活すること、そして、現地の社会の雰囲気を感じ取ることができたことは、大きな財産になったと思っています。


その3:大韓民国・ソウルで韓国語の勉強


おろそかになっていた韓国語を取り戻したい、韓国でも長期間の生活体験をしてみたい、という思いから始めた、ソウルでの韓国語勉強。
今のクラスは中国人が半分以上を占めているものの、様々な背景を持った学生もいるので、非常に興味を持って取り組んでいます。
ただ、一番の重い課題であるインタビューをどう実行しようか悩んでいるところではありますが。。。


2016年に向けて


2016年は、本当に自分で新たな道を切り開かなければいけない年ではないかと感じています。
まだ会社での辛い経験の印象が強いので、辛い経験はしたくない、という思いが強いのですが、今生きている社会においては、生活していく上で何かを生業にして稼がなければならない、というのは揺るぎがたいものですので、この2つのことでどう折り合いをつけていくのかを考え抜いた上で自分なりの道を見つけたいと思っています。


こんなどうしようもないタケオではありますが、2016年も温かく見守っていただければ幸いです。
2016年もどうぞ宜しくお願いします。
皆様のご健勝とご多幸を心よりお祈りします。


高麗大学校近くにある日本料理レストラン「元禄」で食べた年越しそば

2015/11/23

「男性だから~」や「女性だから~」とは?

ベルリンでの語学留学中に出会った、修士課程にあるドイツ人の女子学生が、交換留学生として東京にある某大学で日本語を学んでいるということで、会いに行ってきました。


彼女とベルリンで会って言語交換していた中で、僕は、彼女は日本での生活を経験する中で、特に日本社会に対して複雑な思いを抱くことになるだろう、と推測していたのですが、今回日本で会って話を聞いて、やはり彼女は様々な葛藤を抱えているようでした。
特に印象に残ったのが、彼女が日本で住んでいる、大学所有の国際学生寮(外国人学生も日本人学生も利用可能だそう)についてのことでした。
その国際学生寮は現在男女共用なのですが、彼女の話によれば、寮内で酔った男性が女性の住む部屋のドアを激しく叩いた事例があったためなのか、4つある全ての男女共用棟を、男性だけが住む棟と女性だけが住む棟に分ける方針を大学が決定し、それに向けての工事を始めたらしいのです。
彼女は「いくらそんなことがあったからといって男女を別々にしてしまうのは、視野が狭すぎるし、学生同士の交流の機会が減る。しかも全寮生からの意見を聞かずに工事を始めるなんておかしい」として大学側の方針に反対し、近々別の場所に引っ越すことを決めたそうです。


これを聞いて、特に日本人の女性から、変に男性に襲われることがないから安心ではないか、という意見が出ると思いますし、僕も、日本での女性に対する痴漢や性暴力の現状を鑑みると、大学がこのような決定をしたのも無理はない、と思っています。
しかしその一方で、ドイツでの生活を経験とした身としては、彼女の考えも理解できるのです。


ベルリンで暮らしていた語学学校所有の寮も男女共用で、階による男女の区分けも全くありませんでした。
住む前は、学校からそのようなことに関する具体的な話は聞いていませんでしたが、いざ住み始めて最初の頃は、本当に同じ階まで男女の区分けなしで女性からの不満がないのか、と思っていました。
しかし、時が経つにつれて、そのような不満がないのも当然だ、と思うようになりました。
寮内では目が合えば性別関係なく学生同士で声を掛けたり会話したりしますし、授業でも、先生が学生同士で議論させたり意見を纏めたりさせるために2人ないし3人でグループを組ませる時は全く性別関係ありませんし、日本でありがちな、女性に声を掛けるのが恥ずかしい男性とか、男性に声を掛けるのが恥ずかしい女性というのが、語学学校や現地の学生では非常に少なく見えたからです。
僕は、女性に声を掛けるのは少し恥ずかしいし、男性としての僕の言動が女性からどう思われているのか怖い、というタイプなのですが、ベルリンに居た時は、日本に比べて非常にオープンな雰囲気の中で、男性とだけでなく女性とも気兼ねなく話せている、と感じていました。
今は日本にいるので、ベルリンで生活する前の感じに戻りつつあるのですが。。


また、日本では、「女性の男友達或いは男性の女友達は友達関係として成り立つのか」という議論が少なくないですが、そういった議論が不毛に見えるほど、今回会った女性や、他に知り合ったドイツ人男子学生にも、男友達や女友達は普通にいて、会話している時も性別を気にしている様子がなさそうでした。
以上のことを踏まえると、男女間での気兼ねが非常に少ない雰囲気を経験してきた身からすれば、居住区域を性別で全く別にするのは理解できない、ということになるのだと思います。
(但し、ドイツでも性に関する問題はあると思われますので、これはあくまで僕が感じてきたこと、として捉えてもらえれば幸いです。)


彼女と別れて家に戻り、夜にラジオである音楽番組を聴いていると、「男性だけど繊細な曲のリクエストですね」とか「男性でも、ガツガツした曲だけをリクエストするわけではないんですね」という司会者やゲストの声が聞こえてきたのですが、午前中に上のようなことを考えた身としては、これも非常に違和感を覚えてしまいました。
そういうのって、性別関係なくありませんか?
男性だからといって全員がガツガツしているわけじゃないですし(僕が特にそうw)、女性だからといって全員がおしとやかなわけでもないですから(今回会った女性もスポーツ好きで体格が良い)。


「男性だから~」とか「女性だから~」って、何なのでしょうね。。


そういうわけで、ラジオの音楽番組で流れていた曲の中で、改めて良いと思った曲がこちら↓
僕が見ていた某子供番組で良く流れていた曲で、非常に思い出深いです。




2015/10/06

ドイツ語勉強経歴と、勉強に使用した教材紹介

僕がドイツ語を学ぶに至った動機や勉強課程について、まとめてみました。



ドイツ語を学ぶきっかけ

ドイツ語を学ぶことにしたきっかけは、大学で第二外国語を履修する必要があったからです。
特別すごい興味があったわけではなく、まあ至って普遍です(苦笑)

でも、第二外国語の選択肢の中には、中国語・フランス語・スペイン語等(他もあったかもしれませんが、忘れてしまいました)があったのですが、その中でドイツ語を選んだのには理由がありまして。

ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲「交響曲第9番」の第4楽章に出てくる合唱パートの歌詞を理解したかったのです。

それだけかっ、という感じもしなくはないですが(笑)
両親がクラシック音楽好きで、小学生の頃から僕にピアノを習わせた経緯もあり、僕もクラシック音楽に親しみを持つようになった中で、歌詞の意味がわからないよりはわかった方が良いのではないか、ということで、ドイツ語を選択したわけです。




大学の第二外国語としての授業

大学の授業は1週間に2回で、2人の教授が1週間に1回ずつ教える形式でしたが、先生は2人とも60歳以上で、これといって興味をそそる内容ではなく、しかもそのうちの1人は、英語とラテン語とドイツ語を比較しながら教える形式で、当時の僕は、「ドイツ語を学びに来ているのに、何故ラテン語に言及するんだ?」と思いながら授業を受けていたのですが、幸いにも単位は取得することができました。
(ラテン語がドイツ語理解の理解に役に立つことは、その後知ることになるのですが。。このことは後にでも書ければと思います。)




NHKEテレのドイツ語講座

僕の学部の第二外国語の授業は1年間のみでしたので、その後は自分で勉強を続けていくことになります。
とは言え、NHKのEテレで放送している1週間に1回のドイツ語講座を視聴するのみ、という状況が長く続きました。
それでも、2012年にドイツ語技能検定2級を取得するまでに至りました。

ドイツ語技能検定の試験対策として使った本。
文法が比較的わかりやすく纏められている対策本だと思います↓





英語からドイツ語を学ぶ

2013年から取り組み始めたのが、英語からドイツ語を学ぶことです。
同年にフランス語をかじり始めたのですが、英語とフランス語は近似性があるということで、基本的に英語から学んだことで(日本語のサイトも少し参考にはしましたが)意外と早く感覚を掴めたことと、日本語からドイツ語を学ぶことに限界を感じ始めたことで、ドイツ語勉強も英語から入ってみよう、と思ったのです。

その際に使用したのが、ドイツの国際放送局Deutsche Welleが公式ホームページ上で公開している以下の学習プログラムと、Duolingoです。
Deutsch – warum nicht?
Deutsch Aktuell

Duolingoは、僕のiPhoneの言語設定をわざわざ英語にして、今でも復習として使っています。
今はパソコンからでもできるので、非常に有用だと思います。

英語とドイツ語は同じゲルマン語系語族ということで近似性があるので、ドイツ語のさらなる理解に役に立ちました!




ベルリンの語学学校で学ぶ

勤めていた会社を退職することになり、でも直ぐに転職というのは気が引けるということで、やってみたかったのが、アジアとは全く文化の異なるヨーロッパでの長期間の生活と、そこでの言語勉強でした。
じゃあどこの国にしようか、ということで選んだのが、ワーキングホリデービザの取得条件が厳しくなく、言語としてもそれなりに知識をもっていたドイツでした。
滞在地をベルリンにしたのは、やはり旅行で行っていたベルリンの印象が非常に良かったことです。
他のドイツの都市にはない、独特の自由な雰囲気、都市にもかかわらず公園や緑地が広く整備されているところに惹かれたのです。

ベルリンの語学学校は2015年4月~9月まで通い、そこでのドイツ語レベルはB1から始まりましたが、勉強した甲斐もあり、9月にはC1に辿りつくことができました!

また、ドイツ語勉強は勿論のこと、他国からの生徒・日本語を勉強するドイツ人・ベルリンで生活する日本人と知り合えたことは、これまでにない刺激的な経験となりました!

2015/10/05

ドイツの語学学校の授業形態から考える、日本教育のあり方について

以前、僕の通ったベルリンの語学学校では、最初のB1レベルのクラスは文法の総復習だったが、中級から会話中心で授業が進む、ということを書きましたが、特にどの点が印象に残ったかということを振り返ってみると、

あらゆるテーマに対して自分の意見を述べることを求められる

ということです。

B1レベルのクラスで文法の総復習を行ったとはいえ、B1レベルのクラスで使ってきた教科書はどんな感じだったかというと、決して、このページでは現在完了形を習う、とか、別のページでは助動詞を習う、とかいうように、文法に特化したものではなく、それぞれの課で身近な問題が取り上げられ、その議論の中で新しく出てきた文法について学ぶ、という感じなのです。
これはレベルが上がっても変わらない傾向です。
例としては、環境問題、人とのつながりのあり方、食のありかた、休暇の過ごし方、等です。

大学の授業で使ってきたドイツ語の教科書の中身を振り返ってみると、ある登場人物の日常会話や、昔の物語を題材にしていた記憶がありますが、それよりかはより現実に即した、興味をそそる内容になっていると僕には感じました。

B1レベルのクラスで使った教科書

B2レベルのクラスで使った教科書


そして、そういった問題に対して、教師は必ず「あなたの母国の状況はどうなのか」・「あなたはどう考えるか」という問いを投げかけ、「なぜそうなのか」・「なぜそう考えるのか」という理由付けも
求めます。

日本で経験した授業を振り返ってみると、日本では「協調」や「常識」が重視されることで、ある問題に対して個々の意見を述べる場というのがなかったり、もし述べた意見が「常識」を外れていると、頭ごなしに否定されてしまう、というのが現実のような感じですが、語学学校では、ちゃんとした理由付けで意見を述べれば、それを真っ向から否定されることはありませんでした。(とは言え、その理由付けが難しい点ではありますが。。)

そういうところから考えたことは、日本人は、学校で自分の意見を述べると先生や他の友達から否定されるのを恐れてしまうため、意見を持たなくなってしまうのではないか、ということです。
確かに「協調」を学ぶことは、社会でチームワークを行う上で非常に役に立ちます。
しかし、そうはいっても人間は千差万別、人の考えは一様ではありません。
「協調」が重視されすぎることで、ある意見を有無を言わず否定するようでは、その人自体を否定してしまうことになりかねません。
大事なのは、ある問題に一つのグループが対処する時、同じ輪の中での様々な意見を尊重しつつ、時には譲らず、時には譲歩しながら、どのようにグループとしての意見をまとめ上げ、グループとして出した結論を以て問題に対処していくか、というプロセスだと思うのです。
そういうことが日本の教育、特に小学校や中学校で教えられれば、もっと日本人があらゆる問題に対して議論を積み重ねて結論を導き出すことで、過剰に対立することなく、より多くの人が受け入れやすい社会を作ることができるのではないか、と思います。

2015/10/03

タケオの海外遍歴

ブログ名に「トラベラー」と冠している通り、僕は良く旅行に行きますが、最近は専ら海外旅行です。
なぜかというと、日本のニュースでは鮮明に写らない景色、日本にいるだけでは知ることができない事実を、自分の目で、自分の耳で感じ取りたいのと、様々な分野でグローバリゼーションが避けられない中、積極的に世界を知るべきだと思っているからです。
僕が高校生の時、歴史科目は日本史と世界史のどちらかの選択でしたが、その中で世界史を選んだのも、上記の理由からです。
というわけで、これまで僕がどのような海外経験を踏んできたかをまとめてみました。



初めての海外:イギリス・ロンドン


僕にとって初めての海外はイギリスのロンドンです!
確か幼稚園生の時だったと思いますが、その頃は超円高時代で、対ポンドも今と比べれば非常に日本円に有利なレートだったと思います。
その時に両親が各自1週間ずつロンドンの語学学校に行っていて、僕もロンドンに連れて行ってもらったのです。
当時は幼稚園生でしたので多くの記憶は残っていませんが、鮮明に残っているのは、落書きだらけの地下鉄(Underground)と、家族で行ったレストランで、黒人移民のウェイターに声をかけられたことです(苦笑)
当時日本の鉄道しか知らない僕にとって、車体に落書きが書かれているのは驚きではありましたが、一方で歴史を感じさせる車体は、小さかった僕でもロンドンの地下鉄を好きになるには十分の魅力があったものです。
また、偏見と感じ取られても仕方ないかもしれませんが、当時日本人しか知らない僕にとって、まったく肌の色の違う人に出会ったことは、小さいながら非常に新鮮な出来事でした。
振り返ればこの時の体験が、今の海外志向の原点になっているので、小さいながら海外に連れて行ってもらった両親にはとても感謝しています。


初めての海外長期滞在:イギリス・スワネージ(3週間)


初めての海外長期滞在経験は、これもまたイギリスです。
しかし、今度はイングランド南部に位置する、スワネージ(Swanage)という小さな町です。
なぜそこだったかというと、当時通っていた高校と現地の学校が提携関係にあり、そこの学校に通う3週間のプログラムに参加したからです。
実際は1年間行くプログラムもあり、両親はそこに行かせたかったのですが、僕が1年間という長さに不安を持ったので、3週間のプログラムを選択。
というわけで、僕自身はそこまで乗り気ではなく、ホームステイという滞在形態もあまり性に合わなかったので、良い経験だったとは言えないです。
しかし、午後のスポーツプログラムでクリケットというスポーツ(イギリス発祥で、野球に似ているスポーツ)を知ることが出来たことは、世界にはまだまだ知らないスポーツがあるということを知ることが出来て良かったです!


クリケットとはどんなスポーツか、というのがこちら↓
クリケットワールドカップ2015決勝 オーストラリアvsニュージーランド


初めての個人海外旅行:アメリカ合衆国・ニューヨーク

人生で初めて、航空券と宿を自分で取って、一人で行ったのが、アメリカ合衆国のニューヨークです。
自分の力で初めて行くところは、世界の経済の中心地にしたい、ということで、大学生最後の春季休暇に行ったわけですが、タイムズスクエアのネオン、自由の女神をこの目で見たことは感動ものでした!
また、スポーツ観戦好きとしては、NFLのスーパーボウル開催中の雰囲気を感じられたことがとても良かったです。
ビビりなので、ホテルの部屋での観戦でしたが(笑)


タイムズスクエア(2009年1月31日撮影)

第43回スーパーボウル勝者ピッツバーグ・スティーラーズのQBベン・ロスリスバーガー(をテレビで笑)

自由の女神(2009年2月2日撮影)


最も多く訪問している外国:韓国


2008年からほぼ毎年1回のペースで訪問しています。
大学2年生時に大学の授業で韓国語を勉強し始め、初めて訪れたのが2年後の大学4年生の時。
大学の短期留学プログラムを利用して、光州広域市にある朝鮮大学校で3週間現地の学生の助けを借りながら韓国語を勉強しました。
その時にできた友人と、僕が通っていた大学で知り合った韓国人のおかげで、今でも頻繁に韓国を訪れています。

光州広域市の繁華街(2008年8月4日撮影)


最も印象に残っている個人旅行:ドイツ(2012年4月・5月)

2012年は対ユーロの為替レートが1ユーロ110台と円高となり、高校時代以来行っていなかったヨーロッパに行くチャンスだと思い、訪れたのがドイツ。
作曲家ヨハン・セバスチャン・バッハやフェリックス・メンデルスゾーン等が活躍したライプツィヒと首都ベルリンを訪れたのですが、何と言っても一番心に残ったのがベルリンにある巨大な公園のティアーガルテン(Tiergarten)!
ベルリンの壁という悲劇と首都のイメージしかなかった僕にとって、巨大都市にあって新緑を楽しめるという、日本ではあまりあり得ないことにとても感動し、ベルリンが非常に好きになったのです!

新緑のティアーガルテン(2012年5月1日撮影)


最長滞在経験:ドイツ・ベルリン(6ヶ月)


2015年4月~9月にかけて、ドイツのベルリンにある語学学校でドイツ語を勉強しました!
それまでの海外最長滞在期間が3週間だけで、それ以外は短期間の旅行のみの海外経験でしたので、日本とは全く異なる文化の国での日常生活、他の国からの生徒との交流、ドイツ人との交流等、これまでとは全く違う経験を出来たことは、僕の人生にとっての大きな財産でした!




これまで訪問した国を年代にまとめてみましたよ(2018年11月更新)↓

1992年(?):イギリス
1994年   :オーストラリア
2002年   :イギリス、フランス
2003年   :アメリカ合衆国(フロリダ州・カリフォルニア州)
2007年   :アメリカ合衆国(ハワイ州)
2008年   :大韓民国
2009年   :大韓民国、朝鮮民主主義人民共和国(板門店)、アメリカ合衆国(ニューヨーク州)
2010年   :大韓民国
2011年   :中華人民共和国(香港、深圳)、大韓民国
2012年   :ドイツ、大韓民国、中華人民共和国(北京・天津)
2013年   :ハンガリー、スロバキア、アメリカ合衆国(マサチューセッツ州・ニューヨーク州・ワシントンDC)、オーストリア、タイ
2014年   :イタリア、スイス、インドネシア、ポーランド、ドイツ、フランス、大韓民国
2015年   :ドイツ、チェコ、フィンランド、エストニア、大韓民国
2016年   :大韓民国、中華人民共和国(吉林省)、フィリピン、トルコ(イスタンブール)
2017年   :インド(ムンバイ)、台湾、シンガポール、ロシア
2018年   :ドイツ(ベルリン・ロストック)、モロッコ、カンボジア

2015/10/01

ベルリンの語学学校に半年間通ってみて

2015年4月~9月の半年間ベルリンの語学学校に通ってみての感想を綴りたいと思います。


中級より会話中心で進む授業

僕はA1~C2のドイツ語レベルの中でB1からスタートしたのですが、B1では日本の大学の授業でもやってきた文法の総復習をしている感じでしたが、B2からは明らかに会話中心で授業が進みました。
具体的には、他のクラスメートとある一つのテーマに対して意見を述べ合ったり、電話の会話の練習をしたり、大学の講義で行うようなプレゼンテーションを行ったり等です。
文法・読解中心の授業に慣れていた僕としては、自分が思っているようなことをすらすら言えず、辛い時期が多かったですが、振り返れば口頭練習としては非常に役立ったと思っています。


進むスピードが速く、少し厳しめ


僕が通っていた語学学校は、ドイツでの勉学・就職を考えている者を優先対象としているようで、授業のスピードが速かったり、文法間違いにも直ぐに指摘が入ります。
但し、語学学校で初めてドイツ語を習うという人や、特に欧州からの生徒の中には、高校或いは大学の休暇を利用して来ている人がいたりするので、授業についていけない生徒と先生の間で衝突が起こることもあったようです。
僕がいたクラスでは幸いそのような生徒はいませんでしたが。


欧州・米大陸出身者はドイツ語学習のスピードが速い

これは冷静に考えれば簡単に想像がつきますが、実際平均的に欧州からの生徒が、話すスピードが流暢だったり、語彙が非常に豊かなのを見て、日本人としては相当に勉強しないと追いつくことができないな、ということを感じました。


欧州の人々は、国境を軽々越える

上にも書きましたが、特に7月・8月には、欧州の高校或いは大学の休暇を利用して来ている人が多かったです。
大学院生くらいに見えた生徒が、実際に年齢を聞くと17歳や18歳だったりすることがあり、僕と10歳近くも離れているのかと、非常に驚いたものです。
日本人は、海外留学といったら北米や欧州中心で、特に高校生の年代が中国や韓国にこのような形で行くということはあまり一般的ではないと思うので、この身軽さは羨ましい限りです。


どの語学学校が合うかは、価格ではなく、先生で決まる

ある意味悲しい事実ですが、どれだけ高いお金を払っても、学校内での授業方針は結構先生による部分が大きいので、自分に合う先生と出会えるかが非常に重要だと感じます。
これは最初に生徒が決められることではないので、運次第と言わざるを得ないですが。。


これからドイツの語学学校に行こうと思っている方は参考にしてみて下さい。

2015/09/25

ベルリン語学学校の授業終了!

今年4月より約半年に渡った語学学校での授業がついに終了しました!
振り返ってみれば長かったような短かったような。。。
でも、語学を徹底的に学んだことは勿論、世界中から来た(主に欧州ですが)他の学生とも様々な話をすることができたことは、これからの僕の人生において非常に大きな意義を持つと思います。

参加証明書。ドイツ語レベルはC1(上から2番目)となっているが、実際は。。


2015/07/13

ドイツ語 B2→C1へ進級しましたが

ベルリン滞在開始から3ヶ月、語学学校でのドイツ語クラスのレベルがもう一段階上がり、B2からC1になりました。
しかし、C1の先生は名前からしてギリシャ系移民と思われるのですが、話すスピードはもの凄く速いし、語彙も追いついていないし、思い通りに話せないし、毎日大変です。


ここ3ヶ月で改めて思うのが、日本人にとってドイツ語学習は大変、ドイツ語以外の欧州言語話者にとってドイツ語学習はそこまで難しくない、ということです。
欧米から来ている生徒は、同じ授業を受けていても理解度が速いんです。
英語やその他欧州言語を話せることが、ドイツ語学習にも有利に働いているように思えます。
言葉自体の類似性、キリスト教文化の共有が大きく作用しているのでしょう。
日本語・中国語・韓国語が漢字・仏教文化を共有しているように。
韓国語を勉強していた日々がとても懐かしいです(苦笑)
ただ悔しいのは、中国人の殆どがドイツ語レベルB2以上の状態で語学学校にやって来ることです。
流石競争の激しい中国と思わざるを得ないです。


9月に英語でのTOEICやTOEFLに当たるTesdDafというテストを受けることにしたのですが、今のところ合格できるかどうか微妙です。
勿論勉強頑張りますけど!

2015/05/30

ドイツ語レベル B1→B2へ進級

先週語学学校でドイツ語レベルB1からB2に上がるためのテストを受けて、そこで良い結果を出すことが出来たため、B2へ進級することが出来ました!


しかしながら、B2の授業は高いレベルが要求されます。
提示された議題に対して短い間に考えをまとめ、それを文法上正しく表明しなければなりません。
テーマについて知っているだけでは駄目で、しっかりとした意見を持たないと無理なようです。
しっかりとした意見を持って議論することに僕を含め典型的な日本人は慣れていない上に、それをドイツ語でやらなければならない。
おまけに語彙はまだまだ少ない。
でも、先生に「B1に戻りなさい」と言われるまでは、何とか頑張りたいです(笑)

2015/04/30

日本人・イタリア人・チュニジア人 人と初めて会う時の接し方はかなり違う?

今日の授業の中で、人と初めて会う時の接し方について議論になったのですが(全て、典型的な、で捉えてください)、日本人は「直接的でない(nicht direkt)、礼儀正しい(höflich)、控え目(züruckhaltend)」と答えました。(僕自身積極的な性格ではないのでこんな答えになりました。。)
イタリア人の生徒は「感情的(emotional)、衝動的(impulsiv)」、チュニジア人は「男性は社交的(freundlich)だが、女性は礼儀正しくて厳格(höflich und streng)」と答えました。


ホワイトボードに書きだされた、各国の人の典型的性格


そして驚いたのが次のチュニジア人男性生徒の発言。
「見知らぬ女性でも普通にカフェやレストランで声掛けるんですよ。」
「えーっ、いくら社交的とはいえ、それはないでしょ」と思いつつ、(チュニジア人には失礼ながら)「チュニジア+ナンパ」で検索してみると、日本人女性と思われる人たちの体験談が幾つか出てきました。。
なるほど本当のようです。
かなりのカルチャーショック笑
だからチュニジア人女性は厳格にならざるを得ない、ということでしょうか。。

2015/04/10

語学学校での授業1週目終了!

今日で授業の1週目が終わりました!
授業は午前だけですが、約15分間の休憩を挟んで3時間みっちりドイツ語を勉強するので、授業後の頭の中はヘトヘト状態です。。
しかし、1日3時間ドイツ語を聞きまくっているせいか、現地のニュースや現地の人の会話の単語を聞き取れる量が少し増えたような気がします。
まだ文章としてきちんと聞き取れるまでには至っていませんが、この調子で行けばもう少し高いレベルに行けると信じて、勉強を続けたいと思います。


授業で使用している教科書。
Deutsch als Fremdsprache(外国語としてのドイツ語)と書かれているので、ドイツ語を母語としてない人がドイツ語を学ぶために作られているようです。


上記のシリーズの教科書、初心者用のみですが、日本からもCD-ROM版とDVD-ROM版で購入できるようです↓


2015/04/08

ベルリンの語学学校最初の授業に行ってきた!

いよいよ授業初日。
僕が入れられたクラスのレベルはB1。
(ドイツ語の評価基準についてはゲーテ・インスティトゥートの語学コースと検定試験のレベル一覧を下にスクロールしてご覧下さい。)
授業は殆どドイツ語で進行するため、ドイツ語ばかりの会話に戸惑いを感じたものの、言葉が極端に難しいわけではないので、なんとかついていけそうです。


授業後、掲示板に貼られていたクラス分け表から、全体でどこから来た人が多いのかを調べることができたのですが、チュニジア人が3割くらいを占めていました。
何故チュニジア人が多いのかはわかりませんが、右から左へ書く言語を母語とする人が、旧宗主国の言語である仏語もでき、更に動詞の配置が多少異なる英語やドイツ語まで習得したら、最強じゃないかと思うのですが。


それはともかく僕としては、今日の感じだと、やはりまずは授業にしっかりついていくことが大事ですね!

2015/02/17

ドイツ・ベルリンで2015年4月から通う語学学校を決めました!

2015年2月6日の記事にて、今年4月からドイツ・ベルリンへ語学留学する予定であることをお伝えしましたが、某エージェントから紹介して頂いた語学学校の中から、ベルリンで通う語学学校をF+U Academy of Languages Berlinに決定しました。


この学校に決定した理由は以下の2つです。


1. 授業料の安さ

在ベルリンの語学学校を紹介して頂いた時に、総合的に一番安い授業料だったのがこの学校でした。
高い値段であっても授業の内容ややり方が先生によってがらりと変わるということを考えると、高い値段を払うのは少々無駄になるかなと思い、安い授業料で通えるところを選びました。


2. 1人部屋があり、無線LAN付きで、学校に近い寮

僕は人に必要以上に気を遣ってしまう性格上、ホームステイやWG(Wohngemeinschaft:共同生活)を避けて、料金が高くなっても1人部屋で暮らしたい、と考えていました。
この学校はホームステイとWGだけでなく、寮も提供していて、1人部屋があり、台所は共同ですが、トイレ・シャワーが部屋に付いていて、無線LANが利用できて、学校に近いStadtmitte駅から地下鉄で4駅のところにあるというのは非常に魅力的でした。


ちなみに、授業内容の違いについては、同じ学校でも先生によってやり方が変わるということから、あまり考慮はしませんでした。


あと1ヶ月半で渡独ですが、学校を決めたことで、少し安心!