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2015/10/21

「正しい歴史」とは?‐韓国歴史教科書国定化政策から考える

現在韓国政府は、中学校・高校で使用される歴史教科書について、日本と同じようなこれまで検定制度から、国の定めた1種のみに限定する『国定化』を進めようとしています。
政策を発表した韓国教育省(日本での文部科学省に相当)が開設したホームページ『正しい歴史教科書 特別ホームページ(올바른 역사교과서 특별 홈페이지)』中の『政策紹介』を一部抜粋しますと、次のことが書かれています。


올바른 역사교과서 개발 취지
正しい歴史教科書製作趣旨

올바른 역사관 확립을 위한 교과서가 필요합니다.
역사교육은 자라나는 미래 세대에게 자랑스러운 대한민국의 정체성과 자긍심을 길러주고 현재를 바르게 이해할 수 있는 안목과 함께 미래를 준비할 수 있는 교훈과 지혜를 주어야 합니다.
正しい歴史観確立のための教科書が必要です。
歴史教育はこれからの未来の世代に誇り高き大韓民国の正しさと自信を養い、今を正しく理解することのできる眼と共に、未来を構築できる教訓と知恵を与えなければなりません。

(中略)

근본적인 문제해결을 위해 정부가 책임지고 교과서를 개선하고자 합니다.
잘못된 내용을 부분적으로 하나 하나 고치는 방법으로는 도저히 문제를 근본적으로 해결할 수 없다는 결론에 이르게 되었습니다.
우리나라는 OECD 국가 중에서도 전쟁과 분단을 경험한 나라이며 아직도 분단 상황이 지속되고 있습니다. 이러한 특수 상황을 고려할 때, 올바른 역사관을 확립할 수 있는 역사교육이 필요합니다.
정부가 책임지고 올바른 역사교과서를 만들겠습니다.
根本的な問題解決のために、政府が責任を持って教科書を改善します。
誤った内容を部分的に一つ一つ直す方法では、到底問題を根本的に解決できないという結論に至りました。
我が国はOECD加盟国の中でも戦争と分断を経験した国家で、今も分断の状態が続いています。このような特殊な状況を考慮すると、正しい歴史観を確立できる歴史教育が必要です。
政府が責任を持って正しい歴史教科書を作ってまいります。


さて、この中に出てくる「正しい歴史観」「正しい歴史教科書」とはどのようなものなのでしょうか?
僕は、(残念ながら?)歴史は「正しい」とか「悪い」とかのものではなく、事実にのみ基づいたものであり、それに対する評価は個々で異なって仕方ないものである、と考えます。
なぜなれば、事実は揺らぎないものであっても、評価というものは、個々の置かれた立場によって、必ずしも一致するわけではないからです。
日本関連で言えば、1945年の広島・長崎での原子力爆弾投下に関して、日本では、ポツダム宣言受諾に繋がる決定的打撃と同時に、非常に多くの命が失われ、今でも後遺症で苦しんでいる方がいるため、原子力爆弾は絶対に使ってはならない、という評価が大勢なのに対し、少なくとも欧米では、日本での評価の前者のみが扱われている、という感じです。


しかし、歴史に対して評価する際には、当時の国単位での政治・経済状況だけでなく、普遍な人道的観点や庶民の動向も重要な要素である、と思います。
どうしても歴史というと、国家或いは地域単位での出来事と捉えてしまいがちですが、そこには庶民も善し悪しにかかわらず絡んでくるものです。
特に昨今の戦争については、始まりは対国家或いは対地域であるものの、終わってみれば戦争に直接関係のない庶民が犠牲になっている、というのが常です。
こういった時に、果たして当時の政治・経済状況だけで判断して良いのだろうか、ということになるわけです。


教科書が国の定めた1種のみになる時に危惧されるのは、「過去の事実」が伝えられるのみならず、国の定めた、「過去の事実」に対する評価を半ば強制的に押し付けられることです。
なぜならば、国の定めた「過去の事実」に対する評価は、普遍な人道的観点よりも、当時の国単位での政治・経済状況からの判断が優先される可能性が高いからです。


歴史に対してのみならず、我々一人一人が常に多角的な視点を持てるよう注意を払わなければなりませんね。