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2016/06/11

韓国・慶尚北道 ユネスコ世界遺産登録地巡りの旅 Part 5-国立慶州博物館で、日本人から「押収」したという美術品の特別展示に潜入してみた!

Part 1はこちら
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Part 4はこちら


仏国寺~国立慶州博物館



仏国寺(불국사)を2時間程見回った後は、バスで国立慶州博物館(국립경주박물관)に向かいます。
仏国寺停留所から10番バスに乗り込みました。


仏国寺停留所で10番バスに乗車!


バスの車窓から慶州ののどかな風景を楽しみました。


国立慶州博物館停留所で下車後直ぐのところに国立慶州博物館はありました。


国立慶州博物館停留所で下車


国立慶州博物館入口


観覧料は無料、ということで特別にチケットを買う必要はありません!


セブンイレブンで軽い昼食を買って食べました。




国立慶州博物館



国立慶州博物館は、太平洋戦争終結直後の1945年10月に国立博物館慶州分館として始まったとのこと。
以後数々の増築を経て、2002年に現在の新羅歴史館・特別展示館・月池館・新羅美術館の体制になったそうです。


※参考リンク
国立慶州博物館公式ウェブサイト(日本語)


国立慶州博物館敷地内にある鐘閣


新羅歴史館



先ずは本館に位置付けられている新羅歴史館に入ってみました。
新羅歴史館では、朝鮮半島の歴史が、特に新羅の歴史を重点に説明されています。


新羅歴史館


新石器時代に使われていたと推定される道具たちの展示


木・石と共に青銅器も使われ始めます。


新羅は6つの小国が合わさって生まれたそう。


新羅初期の装飾品として、玉が使われていたそう。


新羅の初期に作られたと推定される古墳周辺から出土したという鳥模様の土器


新羅の初期に作られたと推定される土器の数々



新羅で作られた土器は、当時の支配地域だった洛東江(낙동강)地域のみならず、朝鮮半島全土に広まったそう。


新羅の特徴の一つである「金」


新羅時代に製造されたと推定される金で出来た装飾品の数々。
金色はやはり見るだけでため息が出ますね(汗)。


新羅で作られたと推定されるガラス玉の装飾品。


新羅の人々が北方の高句麗から取り入れたという青銅器


新羅時代の古墳から発掘されたという金のイヤリング!


金冠と金帯!


新羅で身分の高い人が身に付けていたという金の腕輪と指輪!


新羅美術館



新羅美術館では、仏像を中心に、新羅時代に製造されたと推定される美術品の多くが展示されています。
ここでは様々な種類のある仏像や菩薩についての説明書きもあり、名前しか知らなかった僕にとっては非常に有り難かったです。


新羅美術館


新羅時代に発展した仏教に関する説明


慶州で発掘されたという3体の像。
弥勒菩薩像と2体の脇侍菩薩像と推定されるそう。


仏像の大まかな種類の説明。
僕は名前だけ知っていて、様々な仏像が何を意味するのか実は知っていませんでしたが、この説明である程度理解することができました(汗)。


様々な菩薩が意味するものも、この説明である程度理解できました!


8世紀後半製造と推定されるという薬師像。
国賓に指定されています。


特別展示館で開催されていた「日帝強占期 日本人たちの収集物」



最後に特別展示館へ。
博物館入口にあった「日帝強占期 日本人たちの収集品」という文言が気になり、少し覚悟を持って見に行くことにしたのです。


「日帝強占期 日本人たちの収集品」特別展?


特別展示館

特別展示館に入ってみると、思いの外でかでかと、「日帝強占期 日本人たちの収集品」のハングルが!


ハングルで「日帝強占期 日本人たちの収集品」と書かれていました。


特別展示館入口付近に、特別展示についての説明が韓国語・英語・中国語・日本語で書かれていました。
ですが、よくよく見てみると、韓国語では言及されているのに、日本語ではしっかり訳されていない、(若しくは意図的に訳していない?)部分がありました。
しっかり訳されていなかった部分は以下下線赤字の部分です。
細かい部分ではあるかもしれませんが、韓国語がわかってしまう僕としては少し残念に思いました。


(日帝強占期に日本人たちが収集した)この文化財の一部は、光復直後日本に不法搬出させないよう博物館へ押収し、別の一部は光復当時隠されていて、1964年に発見された秘密倉庫の中にあったもので、国立慶州博物館が接受・登録しました。


特別展示についての説明が韓国語・英語・中国語・日本語で書かれていました。

この特別展示では、日韓併合時代に朝鮮半島に住んでいた日本人実業家が保有していたという美術品が展示されていました。
ここで気になったのが、展示品が高麗青磁・朝鮮白磁等朝鮮半島由来の美術品のみならず、日本人製作の山水画や中国・耀州窯製造の陶磁器等、日本や中国で製造された美術品も含まれていることでした。
「押収」当時の1945年や1964年は、韓国と日本・中国間での国交が樹立されていなかった頃でしたが、今では三国間で国交が回復し、関係が深まっている時期です。
歴史・政治の観点から関係は決して良くないとしても、美術品は製造元の国への返還若しくは関係国間での美術品調査協力関係の締結等の方策を考えるべきではないのか、と思ってしまったのは僕だけでしょうか。


朝鮮半島製造陶磁器の日本人保有の経緯についての説明。


東アジアの陶磁器の数々


日韓併合期の日本人が保有していたという、中国製造の陶磁器


朝鮮半島出身絵師製作絵画の日本人保有の経緯についての説明。


朝鮮半島出身の絵師が描いた山水画。


何故か江戸時代に描かれたという山水画が展示!


「押収」元の日本人が誰かというと、香椎源太郎・市田次郎・小倉武之助の3人らしいです。
特別展示内に日韓併合当時朝鮮半島で発行されていた日本語新聞「京城日報」の記事がありましたが、香椎源太郎・小倉武之助は日韓併合期の朝鮮半島で事業を行っていた実業家みたいでした。
新聞記事中の「朝鮮を育んだ人物」という文言には、複雑な感情を抱かずにはいられませんでした。。。


日韓併合期の京城新聞と、美術品「押収」当時の釜山日報の記事。

また、特別展示内で、香椎源太郎・市田次郎・小倉武之助についての説明が、韓国語と英語でありました。
香椎源太郎は「釜山地域で活動していた資本家」、市田次郎は「大邱で病院を運営」、小倉武之助は「大邱で電気会社を設立」とありました。
しかし、日本語・中国語での記載がなかったのは何故か、未だにわかりません。。。


美術品「押収」元日本人についての韓国語・英語での説明。
日本語での説明がないのは何故?


Part 6へ続く。


慶州へ旅行に行きたい方は、こちらの書籍もご参考に!↓




追記:
この日記後半に書いた「日帝強占期 日本人たちの収集品」特別展は、2016年4月26日~6月19日までの開催で、現在は行われていません。