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2017/08/20

台湾・台北旅行 Part 11-ニニ八和平公園で台湾の複雑な歴史を知り、中華民国総統府を仰ぎ見た!

前回Part 10はこちら


2017年7月17日、早くも台湾最終日。。。

僕の搭乗する飛行機の出発時間が14:35と余裕があったので、朝11時頃までを最後の観光時間に充てることに。

ホテルで朝食を取り、チェックアウト後に荷物を預けてもらってから、ホテルの近くにあったニニ八和平公園とその周辺を散策してみました。






















台北の町中に溢れる日本拠点の企業


台湾・台北旅行 Part 5で書いたように、台湾では日本のガチャガチャ専門店や、日本の薬局チェーンが進出している等『日本』がブランドとして浸透していることが判明しました。

そしてこの朝も、吉野家ヤマト運輸・ユニクロ・くら寿司等、台湾で様々な日本企業の進出ぶりを目にすることができました。



台北駅から南方向に歩いたところにある台湾吉野家館前店。
吉野家の台湾進出は1987年だそう。



台湾吉野家館前店のメニュー。
安くても豚丼で114台湾ドル(約420円)ということで、日本より多少高めの印象。



台湾でクロネコヤマト!
制服の色も同じ!
ヤマト運輸の台湾進出は1990年のことだそう。



台北駅近くにある、ユニクロやくら寿司が入っているビル。
ユニクロは2010年、くら寿司は2014年にそれぞれ台湾に進出したそう。




ニニ八和平公園を散策


ホテルを出て館前路という通りを南方向に歩いて辿り着いたのがニニ八和平公園。

朝早くから台北っ子がベンチに座って寛いだり散歩をしたりと、思い思いの朝を過ごしていました。



ニニ八和平公園に到着。



台北の高層ビルや住宅街に囲まれたところにあるニニ八和平公園




ニニ八和平公園のベンチで化粧!
撮ってしまってごめんなさい、でもどうしても気になってしまったのです(苦笑)。



ニニ八和平公園で子供とのゆったりとした時間



ニニ八和平公園で台湾の複雑な歴史を知る


ニニ八和平公園でゆったりとした朝の時間を過ごしながら散歩していると、あるものを発見。


ニニ八事件各県市受難者名簿?
そもそも『ニニ八事件』ってどんな事件?










後で調べてみたところ、日本による台湾の統治が終わってから2年後の1947年に起きたというニニ八事件は、概略を言えば、元々台湾に住んでいた人々(本省人)と、大陸から逃げてきた中華民国軍と一般の人々(外省人)の対立が表面化した事件だそうで、この事件により本省人側でかなりの犠牲者が出たとのこと。

なるほど、ニニ八和平公園の『ニニ八』はニニ八事件に因んだものであり、受難者名簿はこのニニ八事件で犠牲となった人たちの名前が載っているというわけですね

以前に台湾民進党の陳水扁元総統は、蒋介石は二二八事件の元凶であり、兵隊を派遣して台湾の人々を鎮圧し、虐殺したことは、すでに歴史の定まった見解と述べたそうで、蒋介石が『独裁者』というレッテルを貼られている背景がここにあるわけです。

台湾・台北旅行 Part 8で書いたように、中正紀念堂では蒋介石のことを(物凄く)称えていましたが、台湾の現代史は非常に複雑なようです。


参考リンク
台北駐日経済文化代表処2007年12月7日配信「陳水扁総統が「さようなら、蒋介石」と題する文章を発表」
台北の歴史を歩く その9 台北二二八和平紀念公園周辺|公益財団法人日本台湾交流協会



ニニ八事件の経緯を知ることが出来るというニニ八紀念堂




台湾の自治運動に関する展示



広島への原爆投下で被爆した尾島良平氏が平和の願いを込めて育てていたというハマユウが、台北のニニ八和平公園で育っています。




ニニ八和平公園の最寄り駅で座り込み活動?


ニニ八和平公園は台北地下鉄(台北捷運)淡水信義線の台大医院駅(台大醫院站)が最寄り駅なのですが、その出口に近づいてみると。


台湾の蔡英文総統の写真を使った看板がいっぱいだ!






















この看板に近付きながらおそるおそる看板の裏を見てみると、上半身裸の中年の男性が、何かを訴えるような様子で座り込みをしていました。 中国語がわからず、この男性が蔡英文総統を支持しているのかしていないのかはっきりとしたところはわかりませんでした。

しかしニニ八和平公園が、台北っ子の憩いの場であるだけでなく、政治的アピールにも使われる場所であることは確かなようでした。



台大医院駅出口で座り込みをしている男性。
どのような思いでこの場所に居座っているのでしょうか。



ニニ八和平公園の周辺地図





中華民国総統府を仰ぎ見る!


ニニ八和平公園を南に抜けた後に周辺を歩いていると、台湾で一番見たかった建物がついに目の前に現れました!

台湾政治の中心、中華民国総統府(中華民國總統府)!
























中華民国総統府の公式ウェブサイトによれば、元は日本統治時代の1919年(大正8年)に当時の台湾総督府として建てられたもので、太平洋戦争後に中華民国政府がこの建物を引き継いで現在まで至っているとのこと。

周辺は警備員が厳重に巡視している様子で、あまり近づくことは出来ませんでしたが、それでも台湾最終日でこの総統府を見られただけでも非常に満足でした!



参考リンク
沿革|中華民国総統府(英語)



中華民国総統府の周辺地図






Part 12へ続く。


台北旅行及びニニ八事件については、下記の書籍もご参考に!