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2015/05/24

ベルリン路面電車の旅 Part 5‐ユグノーの歴史の一端を知り、トワイライトのアレクサンダー広場(Alexanderplatz)を楽しんできた!

こんばんは、路面電車をこよなく愛するタケオです。
ベルリン路面電車の旅第5弾として、路面電車M13・50系統の停留所の様子と、路面電車がひっきりなしに行き交うアレクサンダー広場(Alexanderplatz)の様子を紹介したいと思います。


Schönhauser Allee/Bornholmer Str.停留所からM13系統に乗車。


M13・50系統の終点Virchow-Klinikum停留所はヴェディング地区(Wedding)に位置し、停留所の名前が示す通り、停留所の南側に、ベルリン医科大学シャリテ(Charité - Universitätsmedizin Berlin)付属フィルヒョー病院兼キャンパス(Campus Virchow-Klinikum)があります。
病院らしき建物を除けば、ヴェディング地区の住宅街、といった感じです。
ちなみに、フィルヒョー病院兼キャンパスの名前は、ドイツ人病理学者ルドルフ・フィルヒョー(Rudolf Virchow)からとっている、ということです。
参考リンク:Charité - Universitätsmedizin Berlin: Campus Virchow-Klinikum(英語版)


ヴェディング地区(Wedding)にあるM13系統の終点Virchow-Klinikum停留所。

続いて、Virchow-Klinikum停留所から50系統に乗り、50系統のもう片方の終点Guyotstr.停留所まで行ってきました。
Guyotstr.停留所の近くにあったGuyotstraßeの標識を見ると、「Erste Hugenotten - Familien in "Französisch Buchholz"(フランス=ブッフホルツ地区で最初のユグノー家族)」とありました。
世界史を習っていた方ならばご存知の通り、ユグノー(Hugenotte)とは中世フランスにおいてプロテスタントを信仰していた人たちのことを指しますが、ユグノーの一部が当時フランス王朝の支配階級からの弾圧から逃れてベルリンにも移り住んでいたらしく、1699年には20家族86人のユグノーが暮らしていたそうです。
ベルリンで知られざるユグノーの歴史の一端を知ることができました。


※参考リンク
2001年5月31日付ベルリナーツァイトゥング紙(Berliner Zeitung)「Ein Buch erzählt die Geschichte der Hugenotten in Buchholz- Vom Schlösschen, Spargel und der Familie Guyot(一つの本が教えてくれる、ブッフホルツでのユグノーの歴史‐城、アスパラ、そしてGuyot家)」(ドイツ語)
ユグノー博物館ホームページ「1685年10月29日発令ポツダム勅令」(ドイツ語)


Virchow-Klinikum停留所から50系統に乗ります。



Guyotstr.停留所のループ線


「Guyot」はユグノー(プロテスタントのフランス人)だった家族の名前だそう。


Guyotstr.停留所に停車中の路面電車


ベルリン中心部に戻る途中で、大きな公園があったようなので、Navarraplatz停留所で途中下車。
公園らしきところに入ってみると、本当にこれまただだっ広い公園が広がっていました。
結構雑草が生えているので、綺麗な整備がされているわけではありませんが、家族がサッカーしていたり、子供同士が小さなバスケットコートで遊んでいたりと、近所住民の憩いの場になっているようでした。
ベルリンでこういう光景を見る度、狭い公園が殆どの日本と比べて羨ましいなと感じてしまいます。


Navarraplatz停留所に停車中の路面電車


Navarraplatz停留所近くにあった大きな公園

公園を散歩した後は、路面電車を乗り継いでアレクサンダー広場(Alexanderplatz)まで行き、トワイライトの風景と路面電車を写真に収めてきました!


百貨店GALERIAとベルリンタワー


世界時計とベルリンタワー


アレクサンダー広場を通り抜ける路面電車


U Alexanderplatz(地下鉄アレクサンダー広場駅)停留所に停車中の路面電車


ドイツ鉄道高架下を通り抜ける路面電車


世界時計の横を通り抜ける路面電車


世界時計と路面電車をモノクロで!