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2016/01/10

韓国・仁川ソウルから日帰りの旅 Part 3 清・日租界地、仁川開港博物館を訪ねる

「韓国・仁川ソウルから日帰りの旅 Part 1 仁川駅から月尾島までを歩く」はこちら
「韓国・仁川ソウルから日帰りの旅 Part 2 チャイナタウン・自由公園を歩く」はこちら


◎清・日租界地


仁川チャイナタウンを南東方向に沿って歩くと、清・日租界地(청·일조계지)に辿りつきます。


この石碑から北西方向がチャイナタウン・清租界地、南東方向が日租界地。


日本風の建物もありますが、教会や住宅も混ざっているので、そこまで日本の雰囲気は感じませんでした。


清・日租界地も、ここ20年間で観光整備されたそう。


日本統治時代には日本の領事館が置かれていたという、仁川広域市(인천광역시)中区庁(중구청)


長崎県の地方銀行である十八銀行の仁川支店だった建物。
現在は仁川開港場近代建築博物館(인천개항장근대건축박물관)として使用。


※参考リンク
日本関連の見どころ|仁川チャイナタウン(韓国語)


◎仁川開港博物館


当初第一銀行仁川支店として使われていた建物が、現在は仁川開港博物館(인천개항박물관)として使用されています。
1876年に締結された日朝修好条規(조일수호조규、通称江華島条約)に基づく、1883年の仁川開港から、日本統治時代までの産業資料が主に展示されています。
日本ではあまりお目にかかれない日本統治時代の貴重な資料も展示されていますので、歴史好きの方にはおススメのスポットです。


仁川開港博物館


1880・1890年代に朝鮮半島で発行された切手


写真左側の電報受信書体には片仮名が。


日本統治時代の私立小学校、永化女子学校の卒業証書。
年号も日本のものが使われています。


アメリカ人モース(Morse)技師から鉄道敷設権を譲渡された日本資本の京仁鉄道合資会社(경인철도합자회사)により、1899年9月18日に開業した、朝鮮半島最初の鉄道区間である仁川~鷺梁津間(現首都圏鉄道1号線)についての説明。


写真左側は、1970~80年代にかけてのソウル首都圏電鉄の硬券。
仁川近辺~ソウルが160ウォン!


1890~1930年代にかけての仁川開港博物館近辺の写真。
洋風の雰囲気が漂っています。


日本統治時代のものと思われる絵葉書。
一番左下の絵葉書にはこう書かれています。
「一斉にネオンがまばたき、若いマドロスの口笛、夕食後の散策。
船のつかれをここ仁川の銀座、宮町。
軍歌のメロディーも懐かしい。」


「カガミタニレヂスター」


「朝鮮農工株式会社 株券」とあります。


貨幣鋳造についての展示には以下の興味深い記述がありました。

1892年鋳造硬貨の周りには、『大朝鮮開国五百一年』という国号・年紀を刻み込んだ。
大朝鮮という国号に、袁世凱清国駐朝官が「清が大国で、朝鮮は小国なのだから、『大朝鮮』は現状にそぐわない」と干渉し、1893年・1894年鋳造硬貨には、『大』が除かれ、『朝鮮』のみ刻まれた。
しかし、日清戦争以後の1894年・1895年鋳造硬貨には、『大朝鮮』という国号が再び使用された。

仁川開港博物館

○アクセス
首都圏電鉄1号線仁川駅から、チャイナタウンを経由し、徒歩20分程

○開館時間
9:00~18:00(年中無休)

○入場料
500ウォン

○ホームページリンク
仁川開港博物館公式サイト(韓国語)


※参考リンク
NHK高校講座|日本史|第30回 第4章 近代国家の形成と国民文化の発展 日清戦争


Part 4へ続く